以前十条に住んでいたとき、部屋から徒歩5分に篠原演芸場があるのが嬉しかった。しょっちゅう通って芝居を見たし、買い物の行きに帰りに、表から覗き込んで客の入りを確かめたり、商店街で役者とすれ違ったりした。生活の中に、芝居小屋がある感じ……昔の寄席の感覚は、そういうものだったんだろう。人々は日々の暮らしの中で、落語を聞き、浪曲を聴いていた。
今日は曲師。だから地味なウール地の着物に半幅帯。脱ぎ着も舞台着より気楽。同じ玉川の節でも、ぶん福さんは節尻が短い。こう福姉は、逆に長い。節が終わるタイミングをはかって三味線を打ち込むから、相手の呼吸を計りつつ、だ。しかし。稽古不足は否めず、演題に気持ちが入っていっても、手が追いつかない。長い節だと、手が混乱してきて、ちょっと間が狂ったりする。
しっかし、なんだよ、MY三味線、その高座によって音が割れたり、全然割れずに、澄んだり。押さえる勘所によって、というモンダイじゃないぞ。棹の、見えないところにヒビが入っているのか、それともこの三味線に感情があるのか、どっちかだ。
二席弾きおわって、二の糸と、三の糸を交換する。師匠の三味線の調子は高いので、糸が切れやすい。だから用心して、新品のものをようく伸ばして、使う。腕がないから、少しでもいい音が出るように、いい糸を使っている。
調子が高い、ということはつまり、アラも目立つわけで、しかもトリだし、緊張した。でも、師匠の節の自在さに、思わず音を潜めたり、打ち込んだり、自分の意図とは別のところで、手が誘われていく、導かれる感じがする。これが浪曲の不思議に面白いところである。「な。オレがいつも言ってるだろ。下手な三味線弾きは、上手な演者を弾け、下手な演者は名人のお師匠さんに導いてもらえって」とは師匠のいつもの教え。
定席のあと、師匠について三味線教室に。貴美江ちゃんが講師をしている。ジャスト、11年経つ。三味線教室第一回。初めておとずれた浪曲協会。三味線を、持つのも初めてなら、弾くのも初めてだったのだ。♪おも〜えば〜とおーくへ、きた〜も〜んだ〜!
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