ちゃんとお伝えしたいと思います。
昨年より、能楽師の安田登先生と、「能の語り+仕舞」と「浪曲的語り+三味線」で、日本の文学作品を語る試みを重ねてきています。今までに、小泉八雲「耳なし芳一」「雪女」夏目漱石「夢十夜」、その他「親鸞上人物語」、谺雄二+姜信子「私は顔の巡礼」などを語って来ました。
面白いんです。
日本の古典芸能には、身体と身体とで呼応しあう融通無碍なところがあり、台本はもちろんあるものの、呼吸で合わせていくスリリングさがあります。この試みによって、私は浪曲の三味線の自在さを再発見し、また能と浪曲の発声の違いや、特徴の違いなどいろいろ気づかされて勉強になっています。
時にお能の笛である能管が、またチェロが、ヴァイオリンが入り、狂言方が入り、人形が入り……チームはそのときどきで替り、同じ物語を編成を変えて演じたりしています。
で、「イナンナの冥界くだり」です。
これは安田先生が長年あたためてこられた構想で、現存する最古の神話を、やはり古典芸能の身体性を用いて語ろうというということで、今回、那須の二期倶楽部における夏季学校「山のシューレ」 にて、初上演されるものです。
古代メソポタミア文明の中で、最古の都市文明と言われているのが、シュメール文明です。紀元前3500年ごろに起こりました。いま、東京都美術館で「大英博物館展」が開かれていますが、シュメール遺物である「ウルのスタンダード」が見られます。すんごい美しい。
そのシュメール文明で使われていた楔形文字のシュメール語で記録された、現存する最古の神話「イナンナの冥界下り」を、日本語とシュメール語を交えて上演します。
この神話の上演は、もしかしたら世界初で、すくなくともシュメール語での上演は世界初です。
【あらすじ】
天と地を統治していた女神イナンナは、ある日、冥界へと心を向ける。彼女はすべてを捨てて、代わりに7つの霊力を身に付けて冥界へと向かう。
しかし、冥界は、そこに足を踏み入れたものは生きて帰ることはできない国。
イナンナは大臣ニンシュブルを呼び、「もし三日三晩、自分が戻らなければ神々の元に行き、嘆いて助けを求めよ」と命令する。
冥界に到着したイナンナは、冥界の女王エレシュキガルの命令により、門番ネティの手で7つの霊力を引き剥がされ、7人の裁判官に<死の眼>で見られたことにより、死体となり釘に吊り下げられた。
三日三晩、戻らぬイナンナに、約束どおりニンシュブルは神々のところに行き、助けを求めた。しかし自分勝手に行ったイナンナに神々は冷たい。
最後に訪ねた大神エンキは、自分の爪からクルガラ、ガラトゥルという二体の精霊を作り、ふたりに「命の草」と「命の水」を与える。そして(なぜか)病で倒れている冥界の女王エレシュキガルのもとに行き、彼女の心を開いてイナンナの体をもらい受け、「命の草」と「命の水」で生き返らせてと命じる。
その通りにしたふたりの力で、エレシュキガルもイナンナもよみがえる。
【今回の舞台の特徴】
イナンナは、天地を統治する女神です。その彼女が、唯一統治しない冥界を目指します。
が、その理由はわからないのです。論理の生まれる以前の神話を上演するために、現存する最古の演劇であり、古代の儀礼的要素を色濃く残す能楽を軸に展開します。
神話は叙事詩であるので、声に乗せて語ることに意味があるのです。
その他、狂言、浪曲など、今回の舞台では日本の伝統芸能の力が生きています。
また今回は、演じる身体と、語り手は別という、人形浄瑠璃形式で上演します。
女神イナンナ役は、能の仕舞とコンテンポラリーダンスの心得もあるベリーダンサー・蜜月稀葵(みづき・まれあ)。声は出しません。イナンナの声(歌)はイタリア古楽の歌手・辻康介。
冥界の女王エレシュキガルは、人形師・百鬼ゆめひな。その声は能楽師・安田登。
物語の語り手は安田と奥津健太郎(能楽師・狂言方)と玉川奈々福(浪曲師)が担い、楽器は、能管(槻宅聡)・三味線(玉川奈々福)のほかに、中東の打楽器であるダルブッカとダフ(森山雅之・鈴木香世子・樋口あゆみ)、またメソポタミアの竪琴のかわりに、シュタイナー教育で使われる竪琴、ライアー(三野友子)を用います。
今回の山のシューレ版は、神話の原典に基づいたほぼ完全版です。
なので、時間感覚が現代と違います。数千年前の時間感覚です。
遠いいにしえの感覚……そう、神楽を見るような感覚かもしれません。
私たちも、儀礼祭事、と思って演じます。
【この舞台は発展途上です!】
今回の舞台は東京都の助成を受け、再来年、大英博物館とルーブル美術館での公演を目指しています。シュメールの遺物を一番多く収蔵しているのが大英博物館とルーブル美術館だからです。
その前に、年内、そして来年と、東京公演を行います。
今回の山のシューレは那須ですし、もう満員御礼になってしまいましたので、ぜひ東京公演版を見ていただきたいと思っております。その際は、作曲をヲノサトルさんに依頼します。脚本も、来年の公演では作家のいとうせいこうさんに手を入れてもらい、完成度を高め、舞台装置も建築家の光嶋裕介さんに依頼する予定です。
また、イラク大使館との共同で、シュメールの竪琴を、イラクの職人によって復元し、製作されたもので演奏をしたいと思っています。
いよいよ、6日が本番です。そして7日には、「雪女」と「夢十夜」も語る予定です。
【配役】
イナンナ: 蜜月稀葵(ダンサー)
イナンナの声: 辻康介(オペラ歌手)
エレシュキガル: 百鬼ゆめひな(人形師)
エレシュキガルの声:安田登(能楽師)
ニンシュブル: 鈴木香世子(ダンサー)
ニンシュブルの声: 玉川奈々福(浪曲師)
ネティ(冥界の番人):奥津健太郎(能楽師 狂言方)
クルガラ:百鬼ゆめひな 声:玉川奈々福
ガラトゥル:百鬼ゆめひな 声:笹目美煕(子方)
地謡頭: 香西克章(指揮者)
地謡: 秋浜立、石倉和香子、伊藤順子、瓜生奈美、小島美智恵、笹目有花、志村健一、田中俊行、中川善史、羽生田栄一、真貝阿斗、真貝峰子、松山記子、本橋正成、
山下耕、笹目美煕(子方)
ダンサー:小田康代 ナディア 樋口亜由美 藤原亜美 松本朝美 森谷節子
語り:安田登 玉川奈々福 奥津健太郎
音楽:槻宅聡(能楽師 能管)
三野友子(ライアー奏者)
森山雅之(ダフ・ダルブッカ)鈴木香世子(同)樋口亜由美(同)