前日乗り込みしました。だって、笹川ですもの。
現在は千葉県東庄町となっているこの地は、「天保水滸伝」の舞台となった土地。笹川繁蔵や平手造酒のお墓もあれば、史跡もたくさんある、町民がもれなく「天保水滸伝」を知っている(ちょっと嘘)という土地なのです。
世話役の方々に、いろんな史跡に連れていっていただきました。
数年前、師匠のお供で来たときにも行きましたが、繁蔵や造酒のお墓には何度だってお参りしたいし、平手が斬り死にした諏訪明神の境内に、繁蔵が「笹川の花会」を催して集まった金で建てた「野見宿禰」の碑が建っているのだって、あらためて見たい。もう一つあった平手の墓、繁蔵が討たれた場所。繁蔵の「十一屋」……初めての場所にもいろいろ行きました。
平手が斬り死にした諏訪神社の境内。
本殿でおみくじひきました。「中吉」。我慢すればいいことあるんですって。
ここが「笹川十一屋」。「天保水滸伝」御案内の方にはおなじみ、笹川繁蔵が受け継いだ旅籠のあとです。立派なおうち!
泊まったのは、師匠の前座をつとめた思い出の鯉屋旅館。飯岡・笹川の大喧嘩があった、まさしく現場に建つ旅館です。河原に打ち寄せる水音、川鳥の泣きわたる声を聞きながら、ひとりしんみり、眠る……予定が。
いやあ、目がまわりました。
お仕事の内容は、「ふれあいまつり」のメイン司会として来てくださいね、ということだったんです。当初のお話では。
だから一人で行ったのに、「奈々福ちゃん、あすこに行ってね」「こんど、こっちね」「奈々福さん、次はここに来てください!」と言われて、三味線(いちおう持って行きました)抱えてあっちへこっちへ。前日開いていただいた歓迎会でも、小学校の校庭でも、文化会館でも、行く先行く先で、「利根の川風〜〜〜」と、外題付うなってました。
いちおう、お祭りの司会もやりました。ちゃんとできたかどうかは別として。
町長さんをはじめ、ほんとうに多くの町民の方々にあたたかくしていただき、声をかけていただいて、ごあいさつして、お話しをしました。
私が、玉川の子だからだなあ。「天保水滸伝」を勉強しているからだなあ。
笹川とのご縁が深まって、とってもうれしかった。
でもって、この週末は日立。師匠のご贔屓さまに招いていただいての一席。西に東に、と言いたいとこですが、どうも仕事のある場所が、東京より北方向に偏っているこの秋です。
日曜日は木馬亭の定席。ご来場おまちしております。
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ひときわ大きな迎えの拍手、ありがとうございました。掛け声、拍手、励まされます。今日も木馬亭に行ってくださったんですね。浪曲のいろんな匂い満載の定席を楽しんでいただけるのは本当に嬉しいです。ありがとうございます。
平手造酒・・実在の人物だったとは知りませんでした。正岡容さんは、何を読んで台本を書いたのでしょう・・・?
しかし、清水次郎長も国定忠治も左甚五郎も実在の人達でした・・・。
調べてみよう、平手造酒。笹川の花会には、国定忠治も登場しますが、本当やろか?
ここは、すごいです。
「天保水滸伝」は、勢力富五郎が亡くなったあと、講談師の宝井琴凌という方が調べて講談にしたのが、もとになっていると聞いています。
平手は、実際、よくわからない人なんですよ。それに、史実として伝わっていることと、講談・浪曲で語り伝えられていることはやっぱり違っていて。笹川の花会が催されたのは事実で、その際に繁蔵が立てた碑は残っています。
こんばんは、初めてメールします。
11月3日の東庄町「ふれあいまつり」司会ご苦労様でした。
大変好評でした。
勢力富五郎の法要イベントで、浪曲はもちろん浪曲を聞くときのかけ声のかけ方等の説明を聞いたとき大変ハギレがよく感心しました。
本日ふれあいまつり実行委員会があり、来年11月3日のふれあいまつりの司会も、ぜひ御願いすることに決定しました。
ご多忙とは思いますが、ぜひご快諾願いたく個人的にメールいたしました。
よろしく御願い致します。
千葉県香取郡東庄町役場
まちづくり課
相馬良男
先日は大変お世話になりました。
来年も、とのこと。ありがとうございます。お役が務まったのなら、冥利です。東庄とご縁が深まるのは本当に嬉しい。どうか今後ともよろしくお願い申し上げます。